ぶらり京都まち歩き 無料

千利休 館跡 ~堀川通 今出川下がる~

  1. HOME >
  2. ぶらり京都まち歩き >

千利休 館跡 ~堀川通 今出川下がる~

今日ご紹介する石碑はなに?
今日行くのは、堀川通沿いにある清明神社です!でも安倍晴明の石碑ではないですよ....

 

はい!歴史好きでない人でも知っている安倍晴明。

最近ではフィギュアスケートの羽生くんが演じた「SEIMEI」で有名になりました。

 

安倍晴明

安倍 晴明(あべ の せいめい/ はるあき/ はるあきら、延喜21年1月11日[1]921年2月21日〉 - 寛弘2年9月26日1005年10月31日〉)は、平安時代陰陽師。「晴明」を「せいめい」と読むことが多いが、これは音読みであり、本来の読み方は確定していない。鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏土御門家の祖。官位は従四位下播磨守

 

京都駅からだと、9番のバスで行くと、「一条戻橋・清明神社」バス停の目の前が清明神社です。(101番でも堀川今出川で降りると1~2分で着きます。)

 

バス停の名前だけでテンション上がりますね!
そうなんです!あの戻り橋もこんなに近くなのね。と、想像が膨らみます。

さあ、バス停を降りてみると

 

 

昔から一条戻橋・清明神社前のバス停はあったのですが、どちらかというと戻橋に近いところにあったのですが、最近清明神社の目の前に移設されました。普通の市バスのバス停と違って少し高そうです。

バス停を降りると、

 

 

はい!清明神社です。

五芒星の鳥居が迎えてくれます。

でも今回は清明神社がメインではないので.....。

 

鳥居をくぐってどんどん進み、一本西側の通り「葭屋町通」に出てしまいます。すると

 

 

またまた鳥居があります。

こちらが本殿ですね。

さぁ、この写真よく目を凝らしてみて下さい。左に何か映ってますね。これが今回ご紹介する石碑です。

 

 

千利休居士聚楽屋敷跡

 

清明神社と千利休で2度おいしい!

石碑の側面を見てみると説明が書いてあrました。

 

 

詠みにくいのでテキストにすると....

 

清明神社の地は千利休宗易居士が聚楽屋敷を構え茶事を催し茶湯に用いたとされる井戸が現存する旧跡である

 

と書いてありました。

ウィキで調べてみると、天正15年1587年、秀吉が築いた聚楽第のなかに屋敷を構え....とあるので、この事なんでしょうね。

なおウィキを読み進めてみると

 

天正19年(1591年)、利休は突然秀吉の逆鱗に触れ、堺に蟄居を命じられる。前田利家や、利休七哲のうち古田織部細川忠興大名である弟子たちが奔走したが助命は適わず、京都に呼び戻された利休は聚楽屋敷内で切腹を命じられる。

とあります。

ここで切腹ですか(+_+)

その後この屋敷は秀吉によって取り壊しになったそうです。

 

京都は町のいたるところに歴史があって面白いです。もし、清明神社に行く人はぜひぜひ参考になさってくださいね。

また、この付近には、黒田官兵衛や上杉景勝の館跡、小野小町石碑もあって散策するのに最適です!

見てきてほしい石碑や遺跡などありましたら、コメント欄にコメントくださいね。それではまた!

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 京都 その他の街情報へ
その他の京都情報はこちら

-ぶらり京都まち歩き, 無料

© 2020 のほほん京都手帳